地勢一
京都盆地の西南部に位置し、三方を京都市に、南は長岡京市に接している向日市。地形は、南北4km、東西2kmと細長く、西部一帯に標高35−8Omのなだらかな丘陵地帯が横たわり、おもに竹藪が多く、緑地としての景観を保っています。市の中央部は、住宅街を形成し、東部は平地て東西1.2kmの間にJR東海道線、阪急京都線、名神高速道路、国道171号線が並行に通り、京阪神地域への交通が至便な立地条件を誇っています。
位置/東経135度42分北緯34度56分
面積/7.67平方km
名称/京都府向日市
人口/男性26,564名
女性28,476名
合計55,040名
(平成17年/10月1日現在)
自然−
古墳や長岡京跡が点在する市内には、歴史とともに多くの自然が残っています。なかでも、緑あふれる竹は向日市民の木として親しまれ、竹林公園に至る散策コースの「西ノ岡トリムコース」などで四季折々の竹の表情を楽しむことがてきます。また、南山一帯の勝山緑地や向日神社境内はサクラ・カシ・コナラなどの樹木が繋り豊かな植生を保っています。
文化・観光−
長岡京遷都以来12O0年余の歴史をもつ向日市は、有形・無形の文化財の宝庫です。史跡公口として市民に親しまれている長岡京遺跡や市民の信仰を集め地域住民の通常の象徴となっている向日神社、民俗芸能の題目踊りや西国街道、またそこに並ぶ旧い民家が歴史を彷彿させます。文化資料館ての展示や講演は市民や向日市を訪れる人々に歴史のロマンを掻き立てさせてくれます。
産業一
市民の半数以上は第三次産業の従事者で、農業人口は年々減少傾向にありますが、特産品のタケノコ1に加え、懸崖菊やトマトなど都市近郊農業の特性を生かしたハウス栽培による施設園芸農業が盛んです。また、市の大半を占める小規模工場の育成に努めるとともに、商業の活性化をはかるため駅前周辺の整備計画を進めています。
歴史−
向日市の歴史と文化は、原始・古代にさかのほって古く、なかでも延暦3年(784)からは、長岡京の都として日本の政治・文化の中心地となって栄え、歴史の表舞台で光ぼうを放ちました。そして10年後の延暦13年(794)にその地位を平安京に譲りました。中世に入ると、各地に荘園が登場し、江戸時代には京都所司代の管轄下に入り、公卿、社寺の領地となりました。京都と西宮を結ぶ西国街道沿いには商店が立ち並ぴ、乙訓地方の商業・文化の中心地として栄えました。明治22年の市町村制の施行により、物集女、寺戸、森本、鶏冠井、上植野の各村と向日町が合併して向日町となりました。昭和30年代後半がら、京阪神地区のベッドタウンとして住宅建設が進み、近郊住宅都市へと発展。昭和47年10月1日、京都府下9番目の都市として市制を施行し、向日市が誕生しました。近年、ようやく人口の急増も沈静化し、新旧住民の融和と連帯を育むコミュニティ施策をはじめ、文化振興策や高齢化社会に対応した施策を推進するとともに、公共下水道の普及促進など、快適な都市環境づくりを総合的に推進し、福祉・文化の香り高い定住都市として成長を続けている。
市政のあゆみ−
明治22年 向日町設置(6つの町村合併)
昭和47年 市制施行(10月1日)
基本構想策定
市民会館竣工
昭和49年 地区公民館開館(物集女)
昭和50年 公共下水道汚水事業に着手
昭和52年 市民憲章、市民の花・木制定
第1回向日市まつり開催
昭和53年 老人福祉センター開館
ゴミ分別収集スタート
昭和55年 市政モニター制度発足
昭和57年 基本構想改定
自転車条例制定
昭和59年 地区コミュニティセンター開所(西向日)
長岡京遷都1200年記念事業(ひまわり
チャイム設置、タイムカプセル埋設、
記念行列等、世界平和都市宣言、
文化資料館開館、市立図書館開館
米国サラトガ市と姉妹都市盟約締結
昭和60年 中国杭州市と友好交流協議書締結
昭和61年 市民体育館のオープン
昭和63年 老人デイサービスセンター開所
京都国体(体操・新体操・自転車競技)
開催
平成元年 東部防災センター開所
平成2年 文化振興基本計画策定
平成3年 向日市女性政策21世紀プラン策定
基本構想改定
平成4年 西国街道「歴史の道」整備
平成5年 向日市天文館のオープン
高規格救急車を配車し、救急救命士
運用開始
平成6年 福祉会館のオープン
第2老人デイサービスセンター開所
平成7年 市民温水プールのオープン
平成8年 自転車有料駐輪場の設置
公共下水道総合雨水排除事業の着手
特別養護老人ホーム「向陽苑」開所
平成9年 向日市健康プラン策定
公共下水道寺戸川1号雨水幹線の完成
京都総体開催(体操・新体操・自転車競技)
向目市は、京都盆地の西南部に位置しており、面積は7.67・と非常に小さなまちです。昭和四七年に市制を施行して以来、約20年が経過していますこのため、まだ若いまちと思われがちですが、歴史は一万年以上前から人々が住みはじめ、奈良・平城京から遷都された古代の部「長岡京」があったまちです。また、江戸時代から西国街道の道筋に商家が立ち並び大変な振わいをみせていました。
「明神さん」で親しまれる向日神社の創建は、社伝によると奈良時代・養老二年(718年)と伝えられています。本殿は、室町時代の建築で三間社流造といい、明治神宮のモデルになったもので、国の重要文化財にも指定されています。同神社所有の紙本墨書「日本書紀」神代紀下巻も、重要文化財に指定されています。向日丘陵の突端に位置した本神社境内一帯は、緑に包まれた神聖な地として多くの人々に愛され大切にされています。また、神社の「正一位向日大明神」の扁額を掲げた大鳥居をくぐると桜・楓の大木が両側に広がる石畳のすばらしい参道があります。桜の満開時には花のトンネルとして人々に親しまれ、まさに向日市の春を象徴しています。
寺戸町大牧にあり、直径約65m・高さ約7mの円形をしています。長岡京を築いた桓武天皇の皇后のお墓で宮内庁陵になっています。
大極殿は、天皇が政治を司るところで、最も重要な場所です。昭和三九年に発掘調査が行われた長岡京大極殿跡は国の史跡に指定され、現在では大極殿跡公園として憩いの場所となっています。公園は道路を隔てて南北に別れ南側を大極殿として、また北側は小安殿として復元・整備されています。また南側の公園にある石碑は半安遷都1100年を記念して平安神宮から寄贈されたものです。毎年11月11日には長岡京遷都を記念して「大極殿祭」が厳かに執り行われます。向日市には、「大極殿公園」のほか、国の史跡に指定された公園として「内裏公園」「築地公園」が復元整備されています。

