弥生時代後半を中心とする村の跡です。1万年以上も昔の人々の道具も見つかっており、物集女村のルーツとも言える遺跡です。1995年に発見された「祭殿」は東西8m、南北8.6mの掘立柱の建物で、周囲には溝がめぐらされています。溝から発見された土器から3世紀中頃の卑弥呼の時代のものと判明しました。当時日本の社会はいくつもの小さな国に分かれ、力を競っていましたが、中海道にもそうした国の王がいたのかもしれません。向日市の丘の上には古くて大きな前方後円墳がたくさんありますが、中海道の人々はそれらの古墳のご先祖だったという意見もあります。
中海道遺跡全景